俺はなでしこ

 はてなダイアリーから、2018年12月に引越してきました

「国民」が選んだツケは誰が払う?

映画「帰ってきたヒトラー

レディースデイだったので、会社帰りに映画を観てきました。なんか今月の私すごくないか! こんな時間があるなんて嬉しい。

映画『帰ってきたヒトラー』公式サイト
帰ってきたヒトラー」は、2012年にドイツで刊行、ベストセラーとなった同名小説が原作の映画です。といってもこれは邦題で、原題は「Er ist wieder da (彼が帰ってきた)」だとか。
敗戦直前のヒトラーが現代にタイムスリップするが、本人が「自分はヒトラーである」と言えば言うほど、計算されたお笑い芸人だと認知されて大人気を博し……というブラック・ユーモア小説です。これがドイツ本国で出版されたのもすごいし、その映画化もドイツで行われたのに拍手。ドイツ人、やるなあ!
映画版は、原作を少し改変(原作ではヒトラーのタイムスリップが2011年だったのを、映画公開に合わせて2015年に。また、ヒトラーの一人称だったのを、彼を見出したTV局員寄りの視点に変更)していますが、大変面白かったです。
タイムスリップしたヒトラーが、TVを見たり、インターネットの世界を知って大感動するのですが、同時に非常な怒りも感じるんですね。せっかくの偉大な発明(TV)なのに、料理番組やくだらないバラエティしか放送しない。足りないのは「政治」、国民の声なのだ! と、彼(ヒトラー)を売り出したいTV局員と一緒にドイツ各地を「巡業」し、市井の人の声を拾います。
ここがセミ・ドキュメンタリーの作りをしていて、実際に俳優ではない一般人たちに「ヒトラー」が現れ、インタビューする形式になっています。これが面白い! 最初観たときは、よくできた台本なのか、それとも実際の街頭インタビューなのか判別に困るくらいでした。パンフレットを買って、やはり体当たりの(ときにはサクラを仕込んで周囲の反応を見るほどの)インタビューだったと知り、納得。
もちろん、「ヒトラー」を見て中指を突き立てる人もいたのですが、全体として和やかなんですよ、皆さん。「本物でない」と思うからか、意外と好意的で、「アンタの言ってたことは間違ってなかった」と応援されたり……「愛」を感じました。あれはなんだったんだろう。自分の影に対する愛惜と嫌悪なのかな。

先日見た芝居「コペンハーゲン」を観ていなかったら、この感覚はもっとわからなかったかもしれません。第一次世界大戦に負けたドイツは、飢餓者が出るほどに貧乏で、そこに颯爽と現れたのがヒトラーだったわけでしょう。自信をなくしたドイツ国民を浮揚させるような演説をぶち、「今ある貧困は○○のせい」「私ならその問題をクリアする」などと目を逸らさせ、第一等国の夢を見させたんですから、そりゃあ支持されますよ。まるでどこかの国みたいですな、ハハハ。
ヒトラーナチスのその後は皆さんご存じの通りですが、どんなひどい時代でも、その国の人にとっては何がしかの郷愁はあるのではないでしょうか。「100%悪いのか?」と。そこを衝いた作品でもあると思いました。そして皆、ヒトラーに罪をかぶせたけれど、だれがヒトラーを選んだのかも思い出させる仕掛けになっています。

その「悪者」ヒトラーが、人間的魅力にあふれているんですよ。すごーく真面目に国家、国民のことを考えてて、お笑い芸人扱いされても、それで自分の主張が電波に乗るならOKだと、ちゃっかり利用する頭もある。YouTubeに映像もアップして、瞬く間に人気者になります。恐ろしいことに、彼がヒトラー本人だと主張すればするほど、世間にウケるんですよ。
ところどころ、彼の主張や人柄がマトモだと思わせられる錯覚と、同じ彼の言動に冷や水を浴びさせられるところもあり、そのへんのバランス感覚もすごいです。ネオ・ナチズムの極右勢力の主張の貧弱さにヒトラーが怒る皮肉、そのヒトラーを偽者だと闇討ちするのが極右のチンピラという、さらなる皮肉。
現代ドイツに対するブラック・ジョークもよく出てくるのですが、分からなくて悔しかったなあ (そのへんをもう少し知りたくて、後日、原作の文庫版を購入しました)。

ヒトラーを戯画化した映画ではありますが、軍服姿から早々に黒スーツにさせたり、鉤十字の腕章はなかったりする辺り、映像化の限界だったのでしょうか。ちなみに、鉤十字はドイツでは歴史的映像や資料でない限りNGで、当時のドイツ軍服のレプリカですら販売禁止です。
イギリスのEU離脱国民投票後なので、よけいに考えさせられた映画でした。