俺はなでしこ

 はてなダイアリーから、2018年12月に引越してきました

秋の長雨

パリから戻ると雨だった。秋の長雨。
雨というと、思い出す話がある。戦前のパリ、一人の日本人。遊学中の男は、気だるいデカダンスの日々におぼれていた。サロンを渡り歩いて女を取っかえ引っかえ、今日も遊びで、日本人の女を部屋に連れ込む。ことが終わり、窓の外は雨である。女は裸のまま窓に寄り、「雨ね。」と言った。
それは日本の情感だった。彼女のたった一言で、窓の外は日本に降る雨と化したのだ。異国の女には出せない情緒、美しい日本の現出に、男は脳天から打たれた。彼女は日本である。すでに遊びの女ではない。彼らは結婚した。
……たしか、ずっと昔、丸谷才一のエッセイで読んだ話。細かいところは覚えてないけど、男性は後年、有名な学者かなにかだったような。どの本に載っていたかも記憶にないが、雨が降ると思い出す。