俺はなでしこ

 はてなダイアリーから、2018年12月に引越してきました

文化と観劇

某国文化の集い

友達に誘われて、某国の文化の集いイベントに参加してきました。11:00〜14:00で、ある地方の舞踊のワークショップです。最後に、その国のごはんが出てくるんですよ〜! これが美味しいんです。

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舞踊のワークショップも、初めて知る踊りで、大変面白かったです。基本的に座ったまま踊るんですが、意外と体力使う! ハード! たった数分の踊りを覚えるのに、かなり頭も使いました。見てるだけだと、それほど難しそうには思わなかったのに、実際にやると違いますね。ごはんも美味しかったし、誘ってくれた友達に感謝。帰り道にお茶して、楽しくおしゃべりしました。

友達と別れたあとは、池袋の東京芸術劇場へ。

PARCOプロデュース「世界は一人」@東京芸術劇場プレイハウス

【作・演出】岩井秀人
【音楽】前野健太
【出演】松尾スズキ 松たか子 瑛太 / 平田敦子 菅原永二 平原テツ 古川琴音
【演奏】前野健太と世界は一人(Vo,Gt.前野健太、B.種石幸也、Pf.佐山こうた、Drs.小宮山純平)

3/16(土)18:00開演、於・池袋、東京芸術劇場プレイハウス。「音楽劇」だそうです。

作・演出の岩井秀人さんは、以前、松尾スズキさんの「ゴーゴーボーイズ、ゴーゴーヘブン」に出てたな〜程度しか知らなかったのですが、ご自身で劇団「ハイバイ」を2003年に結成、2007年に青年団演出部に所属、2013年に「ある女」で岸田國士戯曲賞を受賞と、役者もやれば脚本も演出もする人でした。へー!

その岩井さんと、松尾スズキ松たか子瑛太が組むと聞いてチケットを取りましたよ。菅原永二さんも出るし、けっこう楽しみにしてたんですよね。

キャストはよかったんですけれど、お話にイマイチついていけませんでした。ごめんなさい。

松尾スズキ松たか子瑛太の3人が、小学生から中年だかアラサーだかまでを演じる話です。3人とも同じ小学校で同じ学年の、幼馴染たち。彼ら3人には、共通の秘密がありました。夜尿症です。

それは表立っては語られないのですが、それぞれの視点で話は進みます。松たか子の家は裕福だけれど、子供をネグレクトするような機能不全家庭。寂しさを紛らわすように不良の世界に足を踏み入れ、いつもつるんでいた親友(金銭的な援助もしていたっぽい)に、犯罪の片棒をかついでいたと嘘の証言をされて、少年院に入れられてしまいます。その後、いろいろあって自殺未遂。さらに数年後、意識を取り戻したときには実家は崩壊、家財は人手に渡っておりました。流れ流れて都会に行き、幼馴染だった松尾スズキと再会します。

松尾スズキの両親は過保護気味で、異様に仲のよい家族——かと思いきや、母は精神病にかかり、病んだ妻を制御できない夫は酒に逃げ、都会で働いていた(経営コンサルタントだが、実態は詐欺会社)松尾スズキは、妻となった松たか子と一緒に地元へ帰ることに。そこで、幼馴染だった瑛太と再会します。

瑛太は貧乏な家庭に生まれ、高校まではガキ大将で、松尾スズキら同級生を仕切っていたのですが、あることがきっかけで不登校、30過ぎ(だったかな)まで引きこもり生活を続けます。この、瑛太の回想と松尾スズキの言動で、今まで演じられてきた彼らの過去が、どこまで本当か、何がフェイクなのか判然としなくなります。どこまでが「事実」なのか? 少なくとも、彼らが自分の視点で演じていた「自分」は、彼らがあらまほしき「自分」だったのでしょう。

松たか子松尾スズキとの間には娘(平田敦子)が生まれますが、最初は幸せ家族そのものだったのに、子供が成長するにつれて、松たか子が病んでいきます。自分が愛されて育ってこなかったから、子供をどう扱っていいのか分からないのです。彼女は子供と自分自身の幼い頃を結びつけ、自分が母として子供を保護しなくてはならないのに、反対に子供が(自分を殺して)母を守るようなスタンスに持っていってしまっている。

平田敦子が「娘」として、松たか子が抱えている不安、怯え、飢餓を「病気」のかたちで示します。松尾スズキはそんな妻と娘を見ていられず、病んだ妻に苛立ちを隠しません。ここで、妻(松たか子)の親子関係に加え、夫(松尾スズキ)の両親の姿が二重写しになります。最初は仲よし家族だった松尾スズキの家は、母が狂い、父は母をどうすることもできなかったのでした。

そんな母子密着に一石を投じるのが瑛太です。この瑛太の役割が、どうもスッキリしなかったんですよね。そのためだけに設定された感があります。物語の比重が、松たか子松尾スズキに多く、瑛太のパートが弱い。高校の時分、貧乏な家に育った瑛太が、金だけはある家の子だった松たか子に噛みつくのは分かるけれど、松尾スズキに対してはどうなんでしょう。実際にいじめっ子だったのは松尾スズキのほうなのかな? それは、どっちとも取れる演出でしたね。

3人とも、それぞれ重い過去をしょっているんですが、それを「どうだ!」とドラマチックに見せる芝居ではありません。淡々と見せて、淡々と進行していきます。

結局、本当のことなど分からない。自分がどう見て、どう思うかだけで、夫婦でも親子でも所詮は「世界は一人」ということなのでしょうか。うん、よく分からなかった。