俺はなでしこ

 はてなダイアリーから、2018年12月に引越してきました

たまには真面目な芝居でも

シス・カンパニーコペンハーゲン」@世田谷シアタートラム

【脚本】マイケル・フレイン
【翻訳】小田島恒志
【演出】小川絵梨子
【出演】段田安則 宮沢りえ 浅野和之

6/12(日)13:30開演、於・世田谷シアタートラム。休憩ありの二幕で15:40終演。
たまには真面目なストレートプレイも観なければ!と、段田さんと浅野さん、宮沢りえちゃんの三人芝居を観てきました。海外の台詞劇ですよ〜。
舞台は1941年のデンマークコペンハーゲンデンマークナチス・ドイツに占領されています。ユダヤデンマーク人の物理学者ボーア(愛称ニルス、浅野和之)とその妻マルグレーテ(宮沢りえ)のもとに、かつての愛弟子で今は敵側にいる、ドイツ人のハイゼンベルク段田安則)が訪れ……。ともに量子力学の発展に寄与した師弟の間で、どのような会話が交わされたのか? 謎の一日に迫る!という内容です。
ハイゼルベルクは、第一次大戦で敗戦国となったドイツで、貧乏と屈辱を舐めた人。その師匠のボーアはユダヤデンマーク人で、そんな二人が戦争の最中に会うのは、かなり危険な行為だったようです。二人とも第一流の物理学者で、要は「原子爆弾」に一番近い立ち位置だったのね。
ゆえに、最初は無難な思い出話から始めて和やかだったのが、「本題」に入ったとたん、二人は決裂します。しかし、何が「本題」だったのか? 何を話して決裂したのかが、いまだに二人の間で意見が食い違っていて、判明しておらず、それをボーアとは一心同体の妻マルグレーテも含め、三人で「検証」しようというのが、この台詞劇なのです。うーん説明が長っ!

いかにも海外の台詞劇らしく、ものすごい台詞量でした。浅野さんが、ものすごく噛んでたのだけど、大丈夫? 片手くらいなら「そういう日もあるか」と思うのですが、途中で心配になるレベルだったぞ。段田さんはすごく安定してました。個人的には浅野さんのほうが好きな役者なのですが、今日の芝居では、段田さんに軍配が上がるな。
ユダヤ系であるボーアの葛藤だけではなく、敗戦国ドイツ時代の辛酸を舐めたハイゼルベルクの心情にも配慮した脚本でした。このへんのヨーロッパの事情って、アジア人の自分には、肌感覚でわかりにくいところなんですよね。
たとえば、ハイゼルベルクが師匠に「今はしかたないから、ドイツ系研究所にも挨拶に行け (意訳)」と勧めるのに、師匠は「国は占領されても、心は占領されん (意訳)」みたいなことを言うわけです。それどころか、かつての愛弟子に向かって「おまえはドイツを去ることだってできたのに、どうしてナチスのもとで研究を続けているのか」と糾弾します。こういうのはわかりやすい。ダヨネー、って思うじゃないですか。
それに対して、ハイゼルベルクは「先生にデンマークへの愛国心があるように、自分にだってドイツへの愛国心はある。第一次大戦で敗戦国となったドイツの窮状はひどかった。自分が生まれ育った祖国を見捨てることはできません」と答えます。これもまた、重い覚悟ですよね。一面だけが正しいとは言えない。
核開発の是非、人間の記憶の不確実性、真実と事実の境目を、同心円を描くように何度も何度も応酬する。でも、結局「真実」は藪の中なのです。ナチスの下で「原子炉」を研究し、原子爆弾に一番近いと思われたハイゼルベルクは、実際には爆弾を作らなかった。学者としての名誉と探究心とは別の無意識下で、大量殺人兵器の開発を忌避していたのでは……と暗示されますが、それも定かではない。一方、ハイゼルベルクがやろうとしていた(と思われる)原子爆弾の開発を批難していた師匠のボーアが、イギリス経由でアメリカに亡命し、マンハッタン計画に加わったというのも、歴史の面白さ――いえ、皮肉さかもしれません。