俺はなでしこ

 はてなダイアリーから、2018年12月に引越してきました

漱石は乙女である

晴れ晴れと晴れ。家事をかたづけ、両国の江戸東京博物館へ。

江戸東京博物館「文豪・夏目漱石―そのこころとまなざし―」

東北大学創立100周年記念・朝日新聞社入社100年、江戸東京博物館15周年記念の展覧会。漱石先生だけあって、会場は人だくさん。特に初老、高年層が目立った。岩波の全集をそろえた世代なんだろなあ。杖をつきながら、ゆっくり展示を見て回る年配のご夫婦がちらほら。微笑ましい構図です。
写真が面白かった。松山の英語教師時代、まだ28歳(満年齢)だが、すでに立派なカイゼル髭だ。漱石23歳時の記録では、身長158.8cm、体重53.3kg。当時としては中肉中背か*1。帝大卒の英語教師として校長より高い俸給のためか、若輩を髭でごまかし、虚勢を張っている気がする。カイゼル髭はどんどん進化し、ピンと立たせた髭の両端が、顔の稜線より飛び出して見える写真もあった。それが年を経るにつれ、ピン立ちを切り落として落ち着くのがおかしい。漱石先生、わかりやすっ!

漱石のノートや手帳、本の書き込みの展示が興味深い。学生時代から、勉学に関するものはたいてい英語。教師時代の講義組み立ても英語。数学の証明問題解答も英語。この時代の人って、改めてすごいわー。別言語の橋渡し役として、漢籍の影響を思わずにはいられない。
ロンドン留学時代に購入した洋書の書き込みもいろいろ。感心しているのもあれば、本気で言ってんのバカじゃね? みたいなツッコミもあり、とにかく感想魔。筆記体の字が美しい。

学芸員さんの配慮なのか、微妙なネタもこそっとあり。
学校寮での、学生同衾(未遂)事件
 漱石が地方でお勤めの頃、手帳につけていた日記より。学生寮で、学生AがBの部屋に入り同衾せんとするも拒否され、他の学生もやってきて殴り合いに。後日、今度は学生BがAを待ち伏せて、やっぱり殴り合いに。「同衾セント」「拉シテ」「撲ツル」とか、漱石先生具体的。
小宮豊隆から「僕のお父さんになってほしい」と告白される
 展示されていたのは小宮の告白に対する返書だが、巻き紙に墨書で礼を尽しながらも、くだけた調子で逃げてます。「僕はこれでも青年だぜ (このとき漱石39歳、小宮22歳)」「若いからおとっつあんにはなれない」と断り、君のように心細がる人のために小説を書いたから読めと諭し、しまいに“君は女手で育ったから (父性を求めるんだ)”“妻帯でもすれば、大愉快になるかもよ”。強引にまとめてますね。
小宮豊隆漱石の高弟で、第二次世界大戦の空襲から漱石の蔵書を守ろうと、当時自分の勤め先だった東北大学図書館に疎開させた人物。「三四郎」のモデルでもあるらしい。二人の年齢からして「こころ」もありそう。

「こころ」については近年、同性愛的観点で読み解く論もあり、その説を知ったときは一気に「謎氷解!」でしたね。「それから」「門」にも、同じ匂いを感じる。ただ、登場人物たちのそれは無意識の領界かと。個人的にそこ重要。まだ江戸の空気も残っていたでしょうしね。
ところで、漱石先生の乙女ぶりに目をひかれた。ロンドン留学中、妻に何度も手紙を送るが、筆無精の妻からは滅多に返事が来ない。寂しくて、すんごい不満なんだけど本人に言えないの。「私ばっかりメールして、彼からはほとんど来ないの…これって愛されてるのかなあ……」と、スタバで愚痴る女子大生みたいよ。遺愛の襦袢は女もの。きれいな広告を型通りハート型に切り抜いて保存したり、カイゼル髭とは裏腹の乙女マインドをひしひし感じます。
自画像を絵はがきに描いて「割といい男だと思う」、自作の画を掛軸にして、お弟子に披露して「よく描けてると思うがどうだ」など、自画自賛がまた無邪気でかわいい。色使いは面白くて好きだな。一方で、お弟子さんたちへの用立て出納帳や、本の貸出帳をつくり、これまた几帳面につけている。お金や本が戻ってきたら、名前に線を引いて消すのね。展示の帳面を見ると、大半は戻っていないもよう。おそらく、戻ってくるかどうかは別として、帳面につけずにはいられない性癖なんでしょうね。
先生、意外とお金には細かくて、原稿料や印税もきちんと書面化してらっしゃる。帝大講師から朝日新聞専属作家に転身したときも、わざわざ新聞紙面で「大学では講師として年俸八百円……子供が多くて、家賃が高くて八百円では到底暮せない」と妙に具体的な数字。このへんも乙女……というより、おばさんかしら。

と、漱石先生のあれこれが見られて、楽しい企画展示だった。江戸東京博物館にて、2007年9月26日〜11月18日まで。
「文豪・夏目漱石?そのこころとまなざし?」公式サイト朝日新聞社
 ↑「ショップ」ページのグッズは必見。んもーかわいいー。

*1:ちなみに森鴎外161cm、島崎藤村155cm、石川啄木158cm、芥川龍之介は165cm。ここでも龍之介の美丈夫ぶりが!