俺はなでしこ

 はてなダイアリーから、2018年12月に引越してきました

告別式

伯父の告別式。斎場からの帰りの夕方、また伯父宅に集まる。農家だった伯父のところに、研修生として来ていた3人のひとも、あがってくれた。今は50代前半の方々である。
私は小さいころ親の転勤で、伯父宅と近かった実家には、3歳だった1年間しか住んでいない (そのあと戻ってきたけど)。当時、研修生だったお三方は、小さかった私や兄のこともよく覚えてらした。本人の覚えていない、ガキの時分の話は恥ずかしいものですねえ。3歳児の私はひとなつこく、「ナントカさん、ナントカさーん」と、よく後をついて回っていたらしい。しょっちゅう遊びに来ていたとか。それって、邪魔をしに来ていたのとイコールでは…。

元研修生の方がたの話は、とても興味ふかかった。
・昭和2〜30年代に農家の長男として育った人間は、刷り込みで「親のあとを継いで農業をやる」のが自然だった
・農家に限らず、自営業の長男はたいていそう
・でも、やっぱり今はねえ……
・土地を駐車場やマンション、コンビニに変えても、ぽっちり農地を残して、肩書きはやっぱり「農家」。すっぱりやめるのに抵抗がある
・昔は、先進的な個人の農家に研修生として入り、教わった。同業者と話すときに「○○さんのところにいました」というと、通じる時代があった。そんな研修制度も今は昔、あったとしても個人宅ではなく、企業農業になってしまう

最後に、伯父から少しはずれた、ちょっといい話を。
伯母が帰りのミニバスで話してくれたものである。昭和10年代だろうか。夜おそくまで働いている母(私の祖母)を慰めようと、幼い伯母は、真っ暗な農道を歩いていた。まわりは見渡すかぎり田畑である。母のもとにたどりついた伯母は、小さな握りこぶしをそっとひらいて見せた。と、蛍が2匹、ぽうと光って放たれた。