俺はなでしこ

 はてなダイアリーから、2018年12月に引越してきました

また達三さん

ヘドウィグの感想が下書きのまま、まとめる時間がとれん。むん。
これだけではなんなので、石川達三の小説「青春の蹉跌」より、そんなにはっきり書いちゃっていいの! と思った箇所を。法学部の学生で司法試験受験予定の秀才、江藤賢一郎22歳が、近所の娘で私生児を産んだという女の家を通りすぎるときの思考。

 松本ゆみ子にはちょっと心をひかれたことがあった。赤っ毛で、色の白い、すこし下がり眼の、そばかすの多い娘だった。恋をしたというのではなくて、いたずらをしてみたかった。

なんて率直な!
この時点ではまだ、賢一郎はDTです。その後、元家庭教師先の娘・大橋登美子18歳の積極的なアタック(古語)で喪失するわけですが、その直前の記述もすごい。

 正直なところ、彼が興味をもっているのは大橋登美子ではなくて、登美子が女であるという、その事だけだった。彼女が女であることには、抵抗し得ないような誘惑を感じる。けれども大橋登美子という人格が、邪魔だった。(中略)
「すこしおなかが空いたわ」
 蜜柑をたべる女の赤い唇を、江藤は黙って見ていた。一房の袋が破れて果汁がスエーターの胸にこぼれる。登美子は急いでハンカチをとり出し、胸を拭く。ふくらんだ丸い胸。拭くたびに水枕のように揺れ動く。その下のくびれた胴。スラックスの中に一ぱいになっている腹と腰。スラックスの足の岐(わか)れ目の布の皺。おれはまだこの女と何の約束もしていないと、賢一郎は思っていた。女はゆっくりと蜜柑の袋をしゃぶる。憂いなき姿だ。なぜそんなに安心しているのか。彼はその事が不思議だった。自分の方が却って危険を感じる。(これが女の罠ではないだろうか……)

なにかというと「女の罠」が出てきます。己の頭脳を恃む一方、格上のブルジョア階級に気後れするさまも、うまい。古い作品なんだけど、男女の関係や、女のとらえ方など、いまだ現代に通じるものがありますよ。